不動産売買契約書と印鑑のイメージ
不動産取引の現場 2026.03.24 公開
#不動産取引の現場 #契約トラブル #業界ルール

契約済みの物件を横取りする業者|決済前に何が起きるのか

この記事でわかること

Q. 契約後に別の買主を連れてきて契約をひっくり返すことは違法ですか?
A. 宅建業法に「抜き行為」を直接禁止する明文規定はありません。しかし、排除された仲介業者は民法130条(条件成就の妨害)に基づき、仲介手数料相当額の損害賠償を請求できます。また、売主が契約を解除する場合は手付倍返しまたは違約金(売買代金の10〜20%)が発生します。
Q. なぜ超高級物件で横取りが起きやすいのですか?
A. 10億円の物件で両手仲介を達成すれば約6,600万円の手数料収入になります。この巨額の手数料が、契約済み物件への介入の強力な動機となります。違約金を払ってでも差額利益が上回るケースがあるため、高額物件ほどリスクが高まります。
Q. 不動産の売買契約後でも解約できますか?手付解除と違約金の違いは?
A. 売買契約後でも一定の条件下で解約は可能ですが、必ずペナルティが発生します。「手付解除」は相手方の履行着手前であれば、買主は手付金を放棄、売主は手付金の倍額を返還することで契約を解除できます(民法557条)。一方「違約金」は、契約違反(履行遅滞・履行拒否等)があった場合に支払うもので、超高級物件の標準契約では売買代金の10〜20%が違約金として設定されることが多いです。手付解除が「お互いのペナルティで合意解約」、違約金が「契約違反による損害賠償」という違いになります。
Q. 横取りの話を持ちかけられた売主はどうすべきですか?
A. 契��を解除した瞬間から売主は弱い立場に立たされます。新たな買主に足元を見られ、「契約後にひっくり返す売主」という評判が業界に広まれば、まともな仲介業者や買主が相手にしな��なります。さらに、契約解除後も既存の仲介手数料の支払い義務は残ります。横取りを持ちかける側は自分の手数料しか考えていないため、安易に応じるべきではありません。

とある高額取引でのことだ。売主は一般の個人、買主は宅建業者。契約は無事に締結され、あとは決済を待つだけ——のはずだった。

しばらくして、売主から仲介会社に連絡が入った。「契約後でも手付解除ができるって聞いたんですが」。

一瞬、耳を疑った。契約後にいきなり手付解除の話を持ち出す売主——明らかに不自然だった。誰かが売主に入れ知恵をしている。

「うちが契約した土地を横取りするのか」

驚きはそれで終わらなかった。

営業マンが買主の宅建業者に呼び出された。開口一番、「どういうことだ?!」と激怒されたのだ。

状況が飲み込めない。何が起きているのかを尋ねると、買主はこう言った。

「うちが契約した土地を、大手上場企業の不動産会社が買うという話が業界に出回ってる」。

調べてみると、その大手の支店まで特定できた。しかし、売主にこの話を持ちかけたブローカーまでは突き止められなかった。

契約から決済までの「空白期間」

不動産取引には、契約と決済の間に1〜2ヶ月の空白がある。

graph LR A[売買契約 締結] --> B[手付金 授受] B --> C[引渡し 準備] C --> D[抵当権 抹消準備] D --> E[決済 所有権移転]

法的には契約は成立している。しかし所有権はまだ移転していない。この「宙ぶらりん」の期間に、横取りを仕掛ける業者が現れる。

手口は単純だ。売主に接触し、「違約金を払ってでも、もっと高値で売れる相手がいる」と持ちかける。成立済みの契約をひっくり返して、自分が仲介に入ろうとする。

手付解除と違約金の仕組み

契約を解除するには、相応の代償が必要だ。

手付解除。 相手方が「履行に着手」するまでなら、売主は手付金の倍額を返すことで契約を解除できる(民法557条)。買主側からは、手付金を放棄すれば解除できる。

履行の着手とは。 残代金の準備、引渡しに向けた現地の整備、登記書類の手配などが典型例として挙げられる。いったん履行に着手すれば、手付解除はできなくなる。ただし、何が「着手」に当たるかは契約条項と具体的事情によって異なり、実務上も争いになりやすい論点だ。

違約解除。 履行着手後の解除は債務不履行となり、違約金が発生する。違約金は売買代金の10〜20%が一般的だ。高額物件であれば、違約金だけで数千万円から数億円に上る。

graph TD A[契約解除を検討] --> B{履行に着手 しているか?} B -->|着手前| C[手付解除 手付金の倍額を返還] B -->|着手後| D[違約解除 売買代金の10〜20%] C --> E[排除された仲介業者 への損害賠償リスク] D --> E

二重売買の問題。 売主が契約を解除せずに別の買主に売却した場合、先に登記を備えた方が所有権を取得する(民法177条)。ただし、事情を知った上で契約に及んだ第三者には、債権侵害として不法行為が成立する余地がある。

高額物件で横取りが起きる構造

なぜこのような行為が後を絶たないのか。理由は二つある。

第一に、仲介手数料の絶対額。 前回の記事で詳しく触れたが、高額物件の仲介手数料は桁が違う。10億円の物件で両手仲介を達成すれば約6,600万円。この金額のためなら、成立済みの契約に割って入る価値があると踏む業者がいる。売主に違約金を払わせてでも、新たな買主を連れてきて自分が仲介に入れば、手数料が丸ごと手に入る計算だ。

第二に、超高額帯には「相場」が存在しない。 住宅など流通量の多い物件なら、レインズの成約事例から査定額はある程度定まる。しかし数十億円規模の物件に比較対象はほとんどない。価格は査定ではなく「その金額で買う客を連れてこられるかどうか」で決まる。だからこそ、「もっと高く売れる相手がいる」という言葉が効く。嘘とも本当とも証明しにくいからだ。

しかも、物元飛ばしと同様に、宅建業法にはこの行為を直接禁止する明文規定がない。民事上の損害賠償リスクはあるものの、法的な抑止力には限界がある。巨額の手数料、相場の不在、規制の空白——業界ではご法度とされながらも、この三つの条件が揃う超高額帯では、横取りの誘惑が繰り返し生まれる。

「じゃあ、違約金を立て替えてください」

結局、この取引は何事もなく決済を迎えた。

決済の場で売主に話を聞いたところ、アプローチは実際にあったと認めた。仲介業者を名乗る人物が接触してきて、「違約金を払ってでも、もっと高い値段で買う相手がいる」と提案してきたのだという。

売主の対応は冷静だった。「じゃあ、まずはその違約金を立て替えてください」。

——連絡は、それきり途絶えた。

この一言が、横取りの本質を見事に暴いている。違約金を立て替える覚悟もなく、売主にだけリスクを取らせようとする。それがこの手の業者の正体だ。

しかし、問題の本質はもっと深い。仮に売主がブローカーの甘言に乗せられて契約を解除したとする。その瞬間から、売主は弱者になる。

契約を破棄した売主に対して、新たな買主は足元を見るだろう。「急いで売りたいんでしょう?」——交渉力は売主から失われる。しかも、この手の話は業界ですぐに噂になる。「あの売主は契約後にひっくり返す」という評判がついた物件を、まともな仲介業者や買主が相手にするだろうか。

そもそも、契約を解除できたとしても既存の仲介手数料の支払い義務は残る。支払約定書には「契約が解除された場合でも仲介手数料は支払う」旨が明記されているのが通常だし、売買契約書にも同様の条項が入っている。違約金を払い、仲介手数料も払い、その上で買い叩かれる——売主が負う代償は、ブローカーが甘い言葉で語るほど単純ではない。

結局、横取りを仕掛ける側は自分の手数料しか頭にない。売主がかえって損をしようが、どうでもいいのだ。

もっとも、実際に契約後のキャンセルが起きることは極めてまれだ。ある仲介会社のベテラン営業マンも「契約後にひっくり返されたことは一度もない」と言い切る。普通はやらない。やろうとする業者が異常なのだ。

横取りにグレーゾーンが生まれる理由

横取りは一方的な悪行なのか。実はそう単純ではないケースもある。

たとえば、売主が情報を遮断された状態で不当に安い価格で契約させられていた場合はどうか。相場1億5,000万円のマンションを半額で売却させられた——そんなケースが現実に起きている。囲い込みや情報操作によって売主が正当な市場価格を知らされないまま契約に至った場合、契約を解除して適正価格で再契約することは、売主にとってむしろ正当な救済だろう。

ここに横取りの構造的なジレンマがある。大半は手数料目当ての不正な介入だが、ごく一部に、歪んだ取引を正す機能を果たしうる余地がある。だからこそ宅建業法にも明文の禁止規定が置かれていないのかもしれない。もっとも、横取りを仕掛ける業者が売主の利益を本気で考えているかどうかは、「違約金を立て替えてください」の一言で試金石にかければすぐにわかる。

契約済み取引に手を出す業者の末路

この業界には、飛ばし、横取り、囲い込み——手数料のためにルールを踏み越える業者が一定数いる。3大タブーと呼ばれながらも、法的な直接禁止がないことを逆手に取って、グレーゾーンを泳ぎ続ける。

しかし、この業界は狭い。今回のケースでも、大手の支店まで特定できている。買主の宅建業者が激怒して乗り込んできたように、横取りを仕掛けた事実は必ず関係者に伝わる。短期的に手数料を得たとしても、業界内の信用を失えば、長期的には情報が回ってこなくなる。

排除された仲介業者が損害賠償を請求できることは前回の記事で述べたとおりだ。法的リスク、信用の毀損、そして業界からの孤立。横取りのコストは、一回の手数料では到底釣り合わない。


当メディアの記事は実務経験に基づく解説です。個別の投資助言を目的とするものではありません。

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